古酒のやまかわ


旧山川邸。昔使っていた古酒甕から歴史を感じる。
旧山川邸。昔使っていた古酒甕から歴史を感じる。

古酒の復興のため戦後すぐに創業

山川酒造は第二次世界大戦終戦の翌年1946年に、戦火によりほとんど無くなってしまった沖縄の伝統であり

文化である古酒(クース)を復興させる、子孫に伝えるという志のもと、創業者の地元である本部で創業しました。 

 

1950年代に米国統治下で高級な洋酒が低価格で流通し洋酒市場だったときや、1970年代に焼酎ブームにより泡盛が市民権を獲得し市場が拡大したときも、静かに泡盛を熟成させ続けました。

しかし、泡盛を寝かせている間は 1円にもならず経費だけがかかります。

実際、養豚で食いつないだ時期もあり、税理士に「なんだこの不良在庫は」と言われたこともありました。

経済的につらい時期に、若い酒を出荷してすぐ現金化したらどんなに楽だったでしょう。

 

そんな辛い時代も乗り越え、創業から70年以上経った今も古酒を造り続けることができているのは、

「どんな時でもとにかく頑張って古酒(クース)を寝かせておきなさい いずれは古酒の時代になるから」

という創業者の教えを忘れることなく着実に古酒を造り貯蔵し続けたからです。

それは、手間暇がかかるが他の蔵が造っていない長期熟成「古酒」は、価値が高く年月を重ねるほど誰も味わったことのない味になり、小さい蔵でも勝負できる時代が来るということがわかっていたからこその教えだったのでしょう。

そんな先人達の苦労と努力もあり、2017年には市販されている古酒では一番古いと言われている50年古酒を販売することができました。

「古酒のやまかわ」の由来

 山川酒造は、地域の方々から親しみこめて「古酒のやまかわ」と呼ばれています。

この呼ばれ方が定着し始めたのは最近のこと。平成16年に古酒表示の基準が厳しくなった時期からでした。

内容量の全量が当該年数以上貯蔵したもの、又は、全量が当該年数以上貯蔵した古酒を混和したしたものに限り年数を表示することができるという自主基準ができ、ほとんどの酒造所は新しい基準では古酒を販売することができず、市場から古酒が消えたことがありました。

そんななか、山川酒造の古酒は市場から消えることなく残り続けました。

それは、創業時から1%でも若い酒が入っていたら、表示を若い酒の年数を表示しているため、基準が厳しくなっても簡単にクリアすることができたからです。

その頃から古酒へのこだわりが認められ「古酒のやまかわ」という呼び方が定着するようになりました。


成分の多さは古酒の美味しさにつながる

山川酒造では、基本的に長期熟成させる前の泡盛のアルコール度数は44%にしています。

45.1%以上になると酒類の分類がスピリッツになってしまうため、規定ぎりぎりの44%にします。

それは割水を最小限にすることにより、酒の中に含まれる多くの成分を残すため。

成分を多く残し、味に複雑さを残すことで数十年寝かせたときにその成分は甘みや香りに変化していくのです。また、様々な成分のおかげで味の奥行きも深くなります。

 

古酒の味の違いは材料や製法や年数によって大きく変化していきますが、アルコール度数による成分の多さも要因の1つなのです。


「珊瑚礁」と「限定秘蔵酒 かねやま」2つのブランド

15年未満の熟成の古酒は「珊瑚礁」、15年以上熟成させた古酒は、限定秘蔵酒「かねやま」というブランドで出荷をしています。

それは15年以上の古酒は時間も手間もかかっている上に量も限られているため希少性が高くなるから。

市販酒の中では最も長期熟成させたといわれている50年古酒の販売数は限定50本。長期熟成の古酒はこれからもっと長い時間をかけて熟成させるために多く出荷ができないのです。

そのため金額も高くなりますが味も香りも格別。自信を持っておすすめできる商品です。

 

詳細と購入はこちら

  • 限定秘蔵酒かねやま

良い酒を造り続けるために

良い古酒を造るには長く貯蔵するだけでなく、熟成前の泡盛のときから多くの成分を残すことがとても大切です。

長い年月をかけ貯蔵させたときに多くの成分が熟成することで、香り高い古酒を造ることができます。

そのため、自社の水源からミネラルをしっかり含んでいる水を仕込みすべてに使用し、酒本来の個性やコクの素となる成分が最大限に抽出できる方法で蒸留し、濾過は最小限に抑え、成分を最大限に残す方法で仕込みをしています。

良い古酒を造るためには、最初から最後まで絶対に手を抜かず、貯蔵し続ける。

4代目になった現在も意思を受け継ぎ古酒造りにこだわり続け、これからも私達は、貯蔵を進め次世代へ引き継いでいきます。

百年古酒を夢みて。